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福岡地方裁判所 昭和52年(ワ)1175号 判決 1977年12月08日

原告 福岡県信用保証協会

被告 田中チエ子 外一名

主文

一  福岡地方裁判所が同庁昭和五〇年(ケ)第二六九号不動産競売事件につき昭和五二年九月九日作成した配当表中原告に対し交付すべき利息二三万六一四四円を八九万六一〇三円、合計配当額二一六万六八五四円を二八二万六八一三円に、被告田中に対する配当額二〇〇万円を一六六万七七三八円に、被告久米に対する配当額三二万七六九七円を零に、各変更する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は一〇分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  福岡地方裁判所が同庁昭和五〇年(ケ)第二六九号不動産競売事件につき作成した配当表中原告への配当金二一六万六八五四円を二八六万五二一六円と変更し、これに伴い被告らへ配当金をそれぞれ相当額に変更する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は訴外内田克己所有にかかる別紙物件目録記載の不動産につき訴外横田信義を債務者とする後記根抵当権の実行を福岡地方裁判所に申し立てたところ、同裁判所は同庁昭和五〇年(ケ)第二六九号事件として同年一一月二〇日競売開始決定をした。

2  訴外内田克己は昭和四七年八月一二日訴外株式会社福岡銀行と同横田信義との間の銀行取引につき同銀行に対し訴外横田の債務を連帯保証するとともに、本件不動産について極度額三九〇万円とする順位一番の根抵当権設定を約し、同月一八日その旨の根抵当権設定登記を経由した。

3  原告は昭和四九年八月二六日内田の承諾のもとに福岡銀行から右根抵当権の全部譲渡を受けるとともに、被担保債権の範囲を銀行取引による債権、手形・小切手上の債権から信用保証委託取引による一切の債権に変更し、その旨の登記を経由した。

4  他方、昭和四七年八月一二日原告と横田、内田間に信用保証委託契約が締結され、原告は横田の福岡銀行に対する借入金債務につき三〇〇万円を限度として保証をなし、原告が右保証契約に基づいて代位弁済をしたときは、横田及び内田は連帯して原告に対し代位弁済金全額及びこれに対する代位弁済の翌日から完済まで年一四・六パーセントの割合による遅延損害金を支払うことを約していた。

そして、原告は昭和四九年八月二六日福岡銀行に対し横田の借入債務(一)昭和四六年一二月一七日借入分残金六一万三二四六円、(二)昭和四七年八月一二日借入分残金一九七万四七一〇円を代位弁済した。

5  右代位弁済金については度々内入弁済がなされていたので、原告は本件不動産の競落代金から交付を受くべき債権として次のとおり計算書を提出した。

(一)(イ) 一五万六〇〇〇円(前記(一)の代位弁済金の残額)

(ロ) 一二万八九二七円(右代位弁済金に対する年一四・六パーセントの割合による遅延損害金合計)

(二)(イ) 一七七万四七一〇円(前記(二)の代位弁済金の残額)

(ロ) 八〇万五五七九円(右代位弁済金に対する年一四・六パーセントの割合による遅延損害金合計)

以上合計 二八六万五二一六円

6  ところが、福岡地方裁判所が昭和五二年九月九日の配当期日で示した配当表によれば、原告に対する配当金は代位弁済金元金一九三万〇七一〇円、利息二三万六一四四円、合計二一六万六八五四円とされており、元金については原告の計算書のとおりであるが、利息については原告の請求額九三万四五〇六円よりも六九万八三六二円減額されている。

そこで、原告は直ちに異議を申し立てたが、完結に至らなかつた。

7  右配当表中利息金の計算は、原告の本件根抵当権取得をもつて元本確定後の被担保債権の代位弁済に伴う根抵当権の移転と解釈し、法定利率による二年分の利息が求償権の範囲であるとしてなされたもののようである。

しかしながら、前記のとおり、原告は元本確定前の根抵当権を譲り受け、かつ被担保債権の範囲を変更したのであるから、原告が前記信用保証委託契約に基づき訴外横田に対して有する一切の債権は本件根抵当権によつて担保されているというべきである。すなわち、横田は昭和四六年一二月一七日福岡銀行に対し銀行取引約定書を差し入れ、爾来両者の間に取引が行われてきたが、原告が本件根抵当権の譲渡を受けた当時右取引は未だ終了していなかつた。もつとも、横田は行先不明のため昭和四九年二月二日銀行取引停止処分を受けた事実がある(なお、同人は本件根抵当権譲渡の際にも行先不明であつた。)が、これは横田と銀行との手形取引等を二年間中断させるものではあるが、同人と福岡銀行との間において取引を終了させる意思は表示されていないので、民法三八九条ノ二〇第一項一号にいう「取引の終了」には該当しない。

よつて、本件配当表中原告への配当金の額を請求の趣旨記載のとおり変更し、これに伴い、後順位権利者である被告らへの配当金をそれぞれ変更することを求める。

二  請求原因に対する答弁

原告の主張中事実に関する部分はすべて認めるが、福岡地方裁判所が作成した配当表は正当であつて(参考判例最高裁昭和四九年一一月五日判決)、これに反する原告の主張は争う。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1項ないし6項の事実はすべて当事者間に争いがない。

二  そこで、先ず検討を要するのは、原告が福岡銀行から本件根抵当権の譲渡を受けた時点において担保すべき元本が確定していたか否かである。

民法三九八条ノ二〇第一項一号は「担保すべき債権の範囲の変更、取引の終了その他の事由により担保すべき元本の生ぜざることとなりたるとき」は根抵当権の担保すべき元本は確定する旨を定めている。右のうち「その他の事由」とはいかなる場合を指すかが問題であるが、元本確定の前後により種々の点で根抵当権の法的性格を著しく異ならしめている法の趣旨(民法三九八条ノ七ないし十三等参照)に照らして考えるならば、元本の生じないことが客観的かつ明確に認識しうる場合であることを要するというべきである。しかしながら、これを法律上元本を生ずる可能性が失われた場合のみに限定されると考えるのは狭きに過ぎ(もしこのように解するならば、「その他の事由」は実際上ありえないこととなろう。)、一般取引社会の通念に照らし新たに担保さるべき債権の発生を期待することのできない客観的事実状態を生じたときをも含むと解するのが相当である。けだし、かような場合においても、当該根抵当権を通常の抵当権と異なる特別の取扱をすべき実質的根拠は失われるものというべきだからである。

これを本件についてみるに、いずれも成立に争いのない甲第一〇号証、同第一一号証の一、同第一六号証の一及び弁論の全趣旨によれば、訴外横田と福岡銀行との取引は、昭和四六年一二月一七日に金二〇〇万円、昭和四七年八月一二日に金三〇〇万円の二度の貸付がなされたのみで、それも前者は三年、後者は五年にわたる長期分割弁済の約であつたことが認められるところ、原告の述べるところによれば、右横田は右二口の貸付金のいずれも返済を終らない昭和四九年二月二日銀行取引停止処分を受けたのみならず、その頃行先不明となり、原告への本件根抵当権譲渡が行われた同年八月二六日当時も所在不明であつたというのである。かような状態となつた以上、福岡銀行がなお横田に対し新たな貸付その他債権発生原因たる信用供与を行うとは一般取引界の常識上到底考えられないところであつて、仮に原告主張のように右両者の間に銀行取引を終了させる旨の意思表示がされた事実がなかつたとしても、福岡銀行の有していた根抵当権は、遅くも原告への譲渡がされた時までには、その元本は確定していたと判断するのが相当である。

してみると、本件根抵当権について原告への譲渡とともに被担保債権の範囲の変更がされ、その旨の登記が経由されたことは当事者間に争いのないところではあるが、右被担保債権の範囲変更は所詮効果を生ずるに由なく、原告は代位弁済によつて取得した求償権の範囲内で本件根抵当権実行による弁済を受けうるにとどまると解するほかはない。

三  そこで、次に、原告の有する求償権の範囲について検討する。

本件信用保証委託契約において、原告が福岡銀行に対し代位弁済をしたときは、主債務者横田及び連帯保証人兼物上保証人内田は原告に対し連帯して代位弁済金全額及びこれに対する代位弁済の日の翌日から支払ずみまで年一四・六パーセントの割合による遅延損害金を支払う旨の約定がなされたことは当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第一三号証によれば、連帯保証人内田は自ら保証債務の弁済をし、または自己が提供した担保の実行がなされても原告に対し何らの求償をしない旨を約したことが認められる。

ところで、本件の如き場合に代位弁済者が取得する求償権の範囲については、民法四五九条二項、四四二条二項及び五〇一条五号に規定があり、これによれば、原告は他の保証人との頭割りにおいてのみ福岡銀行に代位することができ、かつ代位弁済の日以後の法定利息につき求償をなしうるにとどまることとなるので、右各規定との関係において前記各約定の効力が問題となりうるが、右各規定を強行規定と解すべき理由はないのであるから、これと異なる特約の存する本件においては右各規定の適用は排除され、原告の求償権についての法律関係は前記各約定に従つて律せられることとなる。問題は、右約定の効力を利害の関係を有する第三者との関係においても主張しうるかどうかの点にあり、本件についていえば、原告が第一順位の抵当権者として後順位の権利者に対し代位弁済の全額及びこれに対する法定利率を越える割合による遅延損害金について優先弁済を主張することが許されるか否かが問われることとなる。

右の点について、これを消極に解する裁判例があることは被告主張のとおりであるけれども、当裁判所はこの見解に左袒しない。けだし、前記のような金銭上の債権債務関係に関する特約は、それが当事者間において有効である以上、法律上の根拠なしに他の第三者が異議を唱えうべき限りでないのが原則であつて、ただ、本件においては、代位弁済者の優先弁済権の範囲をいかに解するかによつて第三者たる後順位権利者の利害に影響を及ぼすという関係にあるに過ぎないところ、代位弁済によつて債権者の有した担保権が弁済者に移転したとしても、代位弁済者が主張しうる優先弁済権の範囲が従前の債権者についてのそれを越えることとならない限り、後順位権利者の利益は何ら損われるものではなく、前記のような特約を後順位権利者に対抗しえないものとなすべき合理的な根拠を見出し難いからである。

そうだとすると、原告は、前記特約の効果として、代位弁済金の全額につき、かつ代位弁済後の遅延損害金については福岡銀行と横田との間の銀行取引契約において定められた遅延損害金の利率が前記信用保証委託契約における約定利率を越えない限りにおいて前者の利率に従い計算した金額につき、本件根抵当権の極度額の範囲内において配当を受けることができるものというべきである(なお、本件根抵当権は昭和四六年法律九九号による民法改正後に設定されたものであるから、同法三七四条の適用はない。)。

四  前掲甲第一一号証の一及び同第一六号証の一によれば、福岡銀行と横田との間における銀行取引契約において債務履行遅滞の場合における損害金の割合は年一四パーセントと定められていたことが認められる。そこで、右利率により、成立に争いのない甲第五号証の計算書に従つて本件代位弁済の日から配当期日までの間の遅延損害金を計算すると、請求原因4項(一)の代位弁済金については一二万三六三〇円、同(二)の代位弁済金については七七万二四七三円となり、以上を各代位弁済金の残元金と合計した二八二万六八一三円は本件根抵当権の極度額三九〇万円の範囲内であつて、原告は第一順位の根抵当権者としてその全額につき配当を受ける権利を有するものである。

しかるところ、成立に争いのない甲第六号証の配当表によれば、原告に対する配当額は利息二三万六一四四円、元本との合計二一六万六八五四円とされているので、これは前判示に照らし八九万六一〇三円及び二八二万六八一三円とさるべきであり、これに伴つて、第二順位者たる被告田中に対する配当額は一六六万七七三八円に減額され、第三順位者たる被告久米に対して配当すべき分は残らないこととなる。

よつて、原告の本訴請求は右説示の範囲で理由があるので、本件配当表を主文第一項掲記の如く変更して実施すべきものとし、原告のその余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南新吾)

(別紙) 物件目録<省略>

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